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バンドゥーラ小史

未知なる物はこれから発展する可能性を秘めています。

バンドゥーラはついこの20年前までは国外で見ることが難しい楽器でした。それはウクライナが某支配国によって統制され、人々はその支配者の決めたルールに従うしか生きていく道が無かったからです。それでも見ることが出来たのは社会主義化された祖国の呪縛から逃れ、新天地を目指していつの日かまた故郷へ帰ることを信じた、初代移民たちの苦労の産物でもあります。

寅は死して皮を残し、人は死して楽器を残す。

バンドゥーラも初代の移民たちが祖国から運んだ物は北米に残っています。しかしそれらはハルキウ・バンドゥーラと呼ばれる演奏方法の若干異なる楽器です。その移民たちはアメリカのデトロイト周辺に集まり、現存するウクライナ・バンドゥーラ・コーラスと言うグループを作りました。しかし楽器を作る人がきわめて少数で尚且つ早い時期に亡くなってしまったらしく、ハルキウバンドゥーラの製造もそれで終わってしまいました。(現在カナダアメリカに計二人います)

恐らくその後を引き継いだ形で現在私たちが一番多く目にする楽器は、別のページに書いた1960年代からチェルニヒヴで作られたバンドゥーラです。その普及率は凄まじくて北米でバンドゥーラといえば、この楽器を意味すると言ってもいいでしょう。アメリカでは一番ウクライナ移民の多いニューヨークで1970年代にバンドゥーラ学校が開設され、たくさんの演奏家達がその楽器でとともに世に送ることができました。今では先のデトロイト周辺にある森をバンドゥーラを教えるために買い取り、1979年から今日まで毎年夏になるとバンドゥーラキャンプが開催されます。

カナダの方は実はエドモントンにも25~30年程前にはバンドゥーラアンサンブルがあり、たくさんの奏者と演奏する機会があったそうですがその多くは東のトロント方面へと散っていってしまったと言う事です。その為かトロント周辺にはバンドゥーラ奏者がおおく、中でも世界的に有名なヴィクター・ミシャロウというバンドゥーラ奏者がカナダのアカペラを指揮し、2年前から独自のバンドゥーラキャンプを行っています。このように北米の東部にはバンドゥーラを弾く人が集中しており、バンドゥーラの教育にも積極的です。

次が南米ブラジルです。意外に思うかもしれませんが日系移民同様にウクライナ人もこの地で頑張っていて、伝統文化である踊りはもとよりバンドゥーラの数も多いのです。

日本でのバンドゥーラの初代は1974年に日ソ(日本とソビエト連邦共和国)親善フェスティバルと言うタイトルで初来日を果たしています。今の日本ではバンドゥーラは3人のウクライナ女性によって広められています。日本でのバンドゥーラの名前を広めた第一人者は、このブログを見に来ている人でしたらもうだいたい名前を知っていると思います。ですから有名な人はここであえて触れずに、私が個人的に知っている人の名前を挙げます。

カテリーナ・グジーさんです。私が下手に説明するよりもリンクへ行って見てください。そして日本人でバンドゥーラを購入したこの人も第一人者だと思います。ウクライナへバンドゥーラを買いに行ってしまうという凄い人です。他にもミクシーで知り合った人がカンテレと言う北欧の楽器をやっており、バンドゥーラの普及にも積極的に働いてくれている人がいますが、彼もバンドゥーラを5台ほど所有していて、興味のある人に触れてもらうべくバンドゥーラ講座を開いています。

駆け足でウクライナ以外の国の状況について書いてみました。こうなると当然ながら本国の状況も必要になりますね。

残念ながらヨーロッパ諸国についてはよく分かりません。
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Date: 2012.02.27
Category: バンドゥーラのお国事情
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佐久間チューク

Author:佐久間チューク
バンドゥーラを弾いています。この楽器を日本で普及させるのが私の夢です。バンドゥーラについての疑問や質問などの情報交換の場になれば幸いです。

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